Diary of 5/9-
Summit push
Everest from EBC

5/14 @C2


08:00 起床。天気がいい。

 トレイシーは回復した。アンドレアスも大きなマメがつぶれた以外、体調は良くなってきた。よかった。

 無線で、ラッセルと話す。俺のもう一つの登山のターゲットのローツェについてだ。
 このまま、C2からローツェに登ろうかという案があったが、工作が遅れているらしい。
 なんか、全然だめだめな工作らしい。
 つまりノーチョイスで、EBCに降りるしかない。

 午後からは読書。体を休める。

5/15 @C2




04:00 起床

05:00 出発。EBCへ。

 荷物が重い。プーバック(トイレのバック)も4つ運んでいる。

Pasan NimaPasan Nima
 途中で、他の隊に参加している知り合いのシェルパ達とすれ違う。
 皆、登頂を知っていた。おめでとうと言ってくれる。


 2回目のアイスフォールの下りは余裕だった。ただ、暑い。
 アイスフォールを抜けると、一休み、二休み。ダウンスーツを腰でしばって、水を飲み、雪を食べる。
 誰もこない...光が容赦なく照り付ける。
Portrait by MathiasPortrait by Mathias
 12時過ぎにEBCに戻ると、直ぐに奥のテントに連れていかれた。そこは写真スタジオのようだった。
 登頂直後の写真を撮る写真家が、トレッカーとしてEBCに来たのだ。自分のポートレートを撮られた。めちゃ黒い。

 昼食は、GoodなラザニアとGoodなサンミゲルだ。

 昼食後にラッセルと話す。ローツェについてだ。
 まだ、待たなければならない。そして、再度、アイスフォールを上り、ローツェフェイスを上る。
 それでも行きたいかという質問が来た。ローツェに登るのは、この隊では自分だけだ。

 まだ、自分は折れていない。だから行く、と答えた。

 この日の遅く、アンドレアスはヘリでカトマンズの病院まで運ばれていった。さらば!
 その後、彼の体調も、彼の指も回復したと連絡が入った。


5/16 @EBC


EBCEBC
08:00 起床。ゆっくりだ。

 昨日の雪を食べたせいで、少し下痢気味。
 ローツェのスケジュールを設定する。18日にEBCを出発だ。

 ランチでシャンパンを開ける。4本を10人で飲む。あまり飲めない人もいて、皆、沈没。

 16時まで寝る。
NuptseNuptse
 ローツェの準備をするが、あまりやることはない。
 ただ、散々苦しめられた酸素マスクは、違うものと取り換えた。

 夜は、シャンパンナイト。またかよ。ずっと話は尽きない。

24:00 消灯。

5/17 @EBC


ClimersClimers, Greg, RIchie, Russ, Tracy, me and Jaco - photo by Mathias

08:00 起床。エベレストにレンズ雲がかかっている。風が強いようだ。
 
 我々に続いて、第二弾の登頂を狙うグループがC3にいるのだが、風が強くて外に出られない。ひどいことになっているらしい。


 シェルパとキッチンスタッフにチップをあげる。皆で集めて、まとめて払った。

 ランチは、ポテト餅。めっちゃうまい。
 
 そこに、ヘンリートッドが来た。お騒がせの、ベースキャンプの有名人。ラッセルのような隊長だが、のりは適当でうさんくさい。これでも大分、落ち着いたそうなのだが。

 夕飯で、グレッグがご飯を大量に残す。彼は、よく残すのだ。最初から少なくよそればいいのにと、ジョンが怒った。まったくだ。
 
20:10 消灯。

5/18 @EBC


Rescue Rescue
01:00 起床。私は、ローツェのためにC2へ出発をする予定だった。しかし、強風でテントが鳴っている。結局、この日の出発は延期となり、また寝た。

07:00 起床。

 またレスキューヘリが飛んでいる。三日に一度はレスキューだ。
 C2かC1だと着陸ができるが、C3だと、ぶら下がりからの、ヘリ収容になる。だから、普通はC2まで降りてからヘリに乗る。天気が悪いとたまに、C2からぶら下げて、BCで積みなおすこともあるそうだ。

 朝食後、EBCから、皆去った。ヤコ、グレッグ、トレイシー。
 素晴らしいチームメイトだった。ありがとう!

 リッチーとラッセルは残ったが、私とは一緒には登らない。ベースの撤収の指揮だ。

 昼には、IMGのリーダーがやってきた。また、シャンパンを飲む。

20:15 消灯

5/19 @EBC

IcefallIcefall

01:30 起床。こんどこそ出発だ。天気はいい。そして月が明るい。

 シェルパのアンカルマとギャルツェンの三人でC2に向かった。途中でアンカルマが遅れる。そして、ギャルツェンは、シェルパスピードで登っていく。早すぎだ。なんとかギャルツェンに着いていったが、ばてばてになった。

 アイスフォールを越え、大休止をとる。ギャルツェンは、休まず進んだ。そこからは一人旅。まあよく分かっているルートなのでいいが。

 ばてばてなので、ペースが上がらない。アンカルマが追い付いてきた。そこからは、二人で歩く。昼前には、C2に着いた。

@C2
 C2では、シェルパが皆、外に出て、ローツェフェイスの方を見ていた。我々の隊も、他の隊も。何をしているのか。。。

 シェルパがローツェフェイスから落ちたらしい。そのレスキューを見ていたのだ。

 👟 👟 👟 

Lotseface and C2Lotseface and C2 ローツェフェイスを直登すると、Camp 3やクーロワールを通過し、ローツェの頂上につながっている。そのシェルパは、ルート工作のためにロープをかけていて、頂上直下からローツェフェイスの底まで、落ちたのだ。

 標高差で2,000mの氷の滑り台だ。下に落ちた時には、バラバラだったそうだ。この場合のレスキューとは、遺体を集めて一つの袋に入れることだ。


 なぜ落ちたのか... 衝撃の理由だった。
 
 なんと、古いロープを使っていたのだ。
  詳しくは別記する

 さてローツェ登山だが、これでクローワールのロープは使えなくなった。どこが切れるかわからないロープは、すべて使えないのだ。


19:00 ラッセルと無線で話した。明日まで、様子を見ようということになった。

5/20 @C2


 今年は、14人が、ローツェの登山許可証をとっている。これは登る気があるメンバーの数だ。
 そして、残念だが、どこのチームも、また何日も使ってロープを張り直す気はないらしい。
 まあ、そうだろう。そろそろ、遠征も終盤だ。

 と、言うことで明日、EBCへ降りることになった。私の遠征も終了だ。

5/21 @C2


EBC
02:00 ラッセルから無線が入る。何事かと思ったら、モーニングコールだった。珍しいことをする。
 しかし、出発は5時半なのだ。早すぎ。

05:30 C2出発
07:00 Icefall着
09:00 Icefallを降りて、30分休み
10:30 EBC着

 
 今日は、ヘリが多い。昨日はエベレストの登頂者が多く、その人たちがC2に降りてきて、凍傷やその他で呼ばれたらしい。
 10回以上、レスキューがでた。

 明日は、EBCから撤収だ。ディスカバリーチャネルが確保していたヘリを使えることになった。
 今日は、荷物をつくって、ウィスキーを飲んで終わり。

5/22 @EBC


Phuruba TashiPhuruba Tashi
06:30 起床。
 インターネットをチェック。
 エベレストをチベット側から登っていた倉岡さんたちも登頂したらしい。おめでとうございます。
 倉岡さんは、これで7回のエベレスト登頂。日本一の回数だ。

 
 雪が厳しく降ってきた。

09:00 ベースキャンプを出発。近くのヘリパッドまで、移動。
 
Heli padHeli pad
 ヘリを待つ。我々の番は、ずいぶん後らしい。
 10分おきくらいにヘリがきて、地面に伏せる。
 風が強くなってきた。結構、寒い


 
11:00 ヘリにやっと乗れた。ペリチェまで飛ぶ。高所なので、低いところを飛んでいく。15分ほどで着いた。
 ペリチェは暖かい。20℃はあるだろうか。日の光が差して、緑が眩しい。

 
Lukla airportLukla airport
 ペリチェからヘリに載せる荷物はあまりないらしい。我々はそのまま、ルクラまで飛べることになった。ラッキー!
 ルクラは更に気温が高い。そこでもヘリの空きがあった。そのまま、カトマンズまで飛ぶ。

 
 カトマンズでは、ポーターが運んでいる荷物を待って、ゆっくり過ごすこととなった。
 天候の影響で荷物が遅れ、ヘリで着いてから、一週間ほど、カトマンズに滞在した。

 さて、去年は雪崩で登れず、宿題となってしまったエベレスト。
 今年は登れて本当によかった。というのが、素直な感想です。