diary 9/14-
high camp acclimation

祭壇にお祈り

9/14/2013 6:55 @ Base camp 個人テント



テントにはざらめ雪がつもっているが、空からは朝の太陽がさしている。
すでに13℃になっていた。
今日は午後から順応に出かける。今回はC3 に泊り、C4の途中までいく予定だ。


殆どのメンバーは、今回の順応でC2 stay-C3 touchをする予定である。今回の本番の登頂では6700mのC3から酸素を使う予定であり、このC3 touchで十分だ。だから今回を最終順応として、最終アタックに進む。
しかしながら、私ともう二人のメンバー、ハービーとロブは無酸素登頂を希望している。そのための順応として皆とは別にC3に泊ることになった。
今日はC1までなので、慣れた道のりだった。Base campで祭壇に祈ってから出かけた。

サタデーナイトフィーバーか?

9/15/2013 18:42 @ C2テント


C2までの道のり
この日はC1を5:30に起き7:30に出発した。前回C1にデポをしたでかいダウンスーツを、なんとかリュックサックに詰め込んだ。
上々の天気の中、C2に13:30についた。C1-C2間は、少々面倒なゴルジュを含めて、他のキャンプ間より長く、疲れる行程になっている。特に昨年の雪崩の影響でコースが変わっており、C1からC3までの間が、向かって右手寄りになっていて、昨年と比べて厳しい登りが増えたそうだ。



c2キャンプ
C2に到着して直ぐ、SPO2を計測した。75%/110bpm。初めての高度で、さすがに脈が速い。こういう時には水分補給だ。インスタントのカフェモカを飲んで、2時間ほど休んでからC3へのルートの偵察に出かけた。200mほど高度を上げたところで降りた。
ロブは調子が悪いらしい。C2に登る途中で座り込んでいた。無酸素登頂のための順応はあきらめたようだ。
C2では倉岡ガイドとテントを共有する。夕食はレトルトカレーを多めのお湯で溶いて、スープカレーにした。フレッシュのニンニクを倉岡さんに刻んでもらいスパイスにする。これはうまい。
この日は19時前に寝た。

c3までの道のり

9/16/2013 16:37 @ C2テント


ノースコルにて
この日はあまり天気がよくないので、早々に計画を変更し、C3 touch後、その日のうちにC2に戻ることにした。空身で登り、2時間45分でC3に到着。
その後、ノースコルに偵察に出た。後ろに北稜を背負って、ノースコルから本稜にとっかかる。倉岡さんは、この北稜への眺めがマナスルで最もかっこいいと言っていた。


C2へ降りると倉岡さんとスコッチを飲みだした。高所ではアルコールは少量でも効くし、4000m位の高度でもかなり効いてくるので、これまでBase campでしか飲んでいなかった。
飲むとその夜は胸がどきどきし、のどが渇き、息苦しくなる。だが同時に、次の日には順応が進みSPO2が上がっている。この日調子は悪くなかったので一緒に飲んだが、6000mの高度でのスコッチはリスクがある。また、順応が進む可能性もある。しかし、あまり深く考えてもしょうがないと思った。なるようになる。
この日はつまみに豆をたくさん食べた。そして夕食は抜きで寝た。

c3からノースコルへの登り

9/17/2013 11:37 @ C3テント



アルコールのせいで、昨晩は度々起きてお湯ばかり飲んだが、朝は元気に起きた。そして9時前にC2を出て、2時間ほどでC3についた。C3まではこの3日間で通いなれた道になってる。


C3では、ダウンスーツに着替えてテントでくつろぐ。SPO2は65%/85bpm。少し低いだろうか。仮眠をとることにした。着いて直ぐの仮眠はあまりよくないが。

c4までの坂



9/17/2013 18:43 @ C3テント



C3までの登りでハービーは元気だった。私が仮眠をとっている間も 元気を持て余していたようだ。私が仮眠から起きて、ノースコルから本稜に登っていくときも、先頭を切って歩いていった。


C4に向けて本稜に登っていく道は、広いながらも急峻で、登っても登っても終わりが見えない。そして6700mのC3から300mほど登ったところで、左側のバンドをまいていくルートになっている。そこでUターンをしてハービーと倉岡さんが降りてきた。私は今日は体調がいまいちで、彼らに遅れがちだった。降りてきた彼らと一緒に、C3に戻っていく。
夕飯はお茶漬けにした。レトルトのご飯をつくり、お湯とお茶漬けのもとを入れる。半分残したご飯は明日の朝飯になる。今日もガーリックをかじった。


C3には我々の他に、スロバキア人の二人組が、テントを張った。我々のテントの近くで、C3に着くやいなや、大声でおしゃべりを始める。興奮しているようだ。うるさいながらも、突然のご近所さんに、倉岡さんがミルクティーをいれて、ふるまった。
Himex隊の我々は、高地順応のトップランナーだ。他の隊より早く入って、順応をこなしてきた。我々に続いてきたスロバキア人は、なかなか頑張っていると言えよう。
それから少し経って、突然、倉岡さんがテントで飛び起きた。ファスナーを開けると、そこでは、スロバキア人の一人が我々のスコップを勝手に持っていくところであった。
驚いたスロバキア人は、言い訳を始めた。自分のスコップが凍ってしまって、しょうがなく借りたんだという、言い訳ににもならない言い訳だった。倉岡さんは、使う前に俺に言えと釘をさした。


その日、スロバキア人の一人が気になる咳をしていた。肺水腫の音がする。一応、本人にもその咳は大丈夫かと聞いておいたが、本人は笑っていた。そこから先は、本人の判断だ。しょうがない。

c3からの下り



9/18/2013 13:08 @ Base camp 食堂テント



Base campに降りてきた。

C3は雪崩の危険地帯だ。朝、C3から降りる前に、デポテントを一つ残して、残りのテントを畳んできた。ところがハービーは自分でテントを片付け始めると直ぐに、風にテント袋を飛ばされてしまった。それをラジオで報告すると、ラッセルが不機嫌そうに返事をした。
ハービーには、これ以上自分ひとりで何もしないように、倉岡さんが叱った。そして倉岡さんが一緒にテントを畳もうとすると、今度はうまくポールを抜くことができず、また叱られてむくれていた。そこで、Base campへ先に下ろしてしまった。

セラックを望む


この日、Base campに着くと、皆が拍手で迎えてくれた。特別プログラムとしてC3 stayを無事終えて、祝福してくれたのだ。ジェフからは飲み物のリクエストを聞かれたのでマウンテンデューをもらった。
この順応を無事やり遂げて、外人からは登れるメンバーとして見る目が少し変わったようだ。



昼食時、ラッセルは、三日位後には最終アタックに出発できるのではと言っていた。我々は順応が済んでいるが、最終アタックがあまり遅くなると順応ができた隊が増えて、ハイキャンプが混んでくる。早めの出発は望むところだ。


昨日、7 summit隊のシェルパから、Fixed Rope張りの仕事をくれとラッセルのところに話しがあったそうだ。そこで、200m Ropeを3本渡して、ロープ張りを頼んだが、その晩、やはり無理だと断りと謝罪の申し入れがあった。毎シーズン、Himex隊は最初に最高のシェルパを契約して、登攀の工作も殆ど自分達で行うリーダー隊だが、これを裏付けた形だ。



9/18/2013 16:15 @ Base camp シャワーテント



kの日、シャワーを浴びようとしたが、お湯の温度が上がらない。キッチンを呼び出して調べてもらった。ガス切れかと思ったが、そんなに簡単な問題じゃなかったようだ。30分くらいたって、やっと直った。ガス管を変えて直ったそうだ。シャワーは気持ちがいい。

セラック帯



9/18/2013 18:47 @ Base camp 食堂テント



そろそろ、登頂日を決め、逆算してBase campからの出発日を決めるタイミングとなった。
26日の天気がいいようだ。
23日の天気もいいがその日に登るためには明日出発しなければならない。
更に先の可能性を考えると、25日の出発もいいが、その場合は今から一週間待つ必要がある。
外人たちは早めに登りたがっていた。気持ちの問題だけではなく、体調的にもこのまま一週間、保持するのが簡単ではないようだ。
何にせよ、天気をにらみながらの決めごとだ。




9/19/2013 6:10 @ Base camp 個人テント



鈴木君の唇がひどくはれている。ひどい日焼けである。隊のドクターのニマからネパールの塗り薬をもらったが、ひどく沁みるらしい。

はれ上がった権太の唇を突き出して、シェルパ以上に真黒に焼けたの鈴木君は、いるだけで目立つ存在になった。シェルパからも大人気で、キッチンテントやシェルパテントに,
しょっちゅう呼ばれては、食べ物を貰っている。


私の唇も日焼けでがさがさになってしまった。朝からリップクリームを塗るように心掛ける。
気温は11℃、湿度は88%。暖かくのどかなBase campに帰ってきた。

酸素マスク



9/19/2013 9:15 @ Base camp 食堂テント



朝飯後に酸素を扱う練習をした。酸素ボンベにレギュレーターをつける練習と、そこに酸素マスクをつける練習だ。
新しく開発されたSummit社の酸素マスクは使いやすくできている。ソフトなゴムを肌にあてながら、硬いゴムで形をサポートする。実際、練習では実に簡単に使うことができた。
もっとも目指しているのは無酸素登攀なので、酸素マスクは使わないはずではあるが。


昼食後にAltitude Jankeys隊のメンバーの一人がテントに遊びにきた。パッチとよばれる布のステッカーを作ることを考えているようだ。これまでいくつものパッチのデザインを作ってきており、今回はマナスル登山のパッチを一個$10で100個分以上作りたいとのことだ。パッチのデザインは悪くないが、この人物は少しうさんくさかった。

バースデー



9/19/2013 19:07 @ Base camp 食堂テント



夕食時、ラッセルが今後の見通しを話した。明日、天気を読んで、明日の昼食後に今後のアクションを決めるということだ。このまま行けば、50%以上のチャンスで、そのまま明日に出発すると話した。ここを逃すと、次のチャンスは六日後ということ。天気の読みに関して、ラッセルも迷っているようだ。

マナスルケーキ
夕食はサーモンのソテー。昨日来たヘリコプターが新鮮なサーモンを持ってきたようだ。紙パックのワインもでてきて、テンプラニーニョを2杯飲んだ。そしてキッチンはマナスルケーキをだしてきた。


食後にくつろいでいる時、倉岡さんから、無酸素での登山のリスクの説明があった。登りは勢いでいけても、下りに足にきて動けなくなることがあること。また、なかなかそれを予期することが難しいこと。以前にも、下りで動けなくなって、亡くなった人がいること。
そして、今回、私が無酸素の登山を行う上の条件として、最終キャンプのC4まで、酸素を吸っているひとと同じペースで登ることを要請された。いわゆる、試験である。未知の挑戦であり、そこに準備のハードルが設定されるのは、自分としてもwelcomeだ。

試験としては、C3からC4は酸素ボンベをかついで、でも酸素を吸わずに、C4までの急峻な坂を、他の酸素を吸っている人と同じペースで登らなければならない。ここが一番の踏ん張りどころになるだろう。しかし調子は悪くないので、皆についていける自信はある。

9/20/2013 4:30 @ Base camp 個人テント



雨が降ってきた。のどが乾いて目が覚めた。ワインのせいだ。水を300CC飲む。
SPO2を測る。82%の62bpm。呼吸で、深く酸素を取り入れる。92%の52bpmになる。悪くない。そして、これ以上は望むべくもない。また寝ることにした。

9/20/2013 6:57 @ Base camp 個人テント



雨の音はますます強くなっている。テントの中はべたべたの湿度で、水の中に浸かっているようだ。10分おきに近くから雪崩の音が聞こえる。
昼を待たずして早々に、今日の出発は中止になった。

9/20/2013 18:47 @ Base camp 食堂テント



夕方になり、やっと天気が良くなってきた。このままいけば、明日は昼過ぎに出発し、C1にあがれそうだ。最終アタックへの出発だ。
そして明日から、24日までは晴れの天気予報となっている。
夕飯では皆、興奮気味だ。ラッセルはウィスキーを持ち出し、そしてシェルパのテントへ乱入し、ダンスを踊った。